歴史にかき消された駆潜特務艇
駆潜特務艇は知る人しか知らない歴史に重大な位置をしめる特務艇です。
windowsのゲームでマインスイーパーというゲームをご存知でしょうか?
地雷・機雷の掃海作業 がマインスイーパーです。
ゲーム上では何回でもやり直せるが、実際は地雷・機雷を踏んだら死亡です。
この駆潜特務艇は歴史の渦に巻き込まれた船です。
木造船ならではの仕事
第二次世界大戦、日本とアメリカの戦争時
日本列島周りには数えきれないほどの機雷がばらまかれていました。
二次大戦中は
船団護衛、対潜掃蕩、哨戒、浮流機雷を行う。
大二次世界大戦が終わるときから大変な仕事が待っていた
日本海には無数の機雷が海にばらまかれていました。
日本には物資を運ぶ道具は船のみ
※飛行機は国産を作ることが許されない状況にあったため、船のみとなりました。
しかし、日本のまわりの海には機雷だらけといってよいほど機雷に囲まれていました。
その結果、物資運搬がほとんど出来ない状況でした。
このまま行くと日本国内の1/6の人口が餓死で死ぬという事態にまで事態は深刻化していました。
当時の日本の人口は6,000万人、その1,000万人が餓死する計算になります。
もしかしたら、この世に生まれてこなかった人もたくさんいるのでは
と思うとぞっとします。
日本国内で物資運搬、兵力を外地で運ぶ際
機雷のせいで船・人が海に吸い込まれていきました。
駆潜特務艇に下された任務は磁気機雷の掃海。
ここから壮絶な機雷との戦いが始まりました。
駆潜特務艇の作りは木製
磁気機雷は走行する金属に触れると爆発するので
機雷処理班は慎重に機雷を探し、除去していくという果てしない作業を
行いました。
今でも香川県の金刀比羅宮へ行くと掃海の記事と
碇が祀れれております。
日本の掃海部隊は優秀でした。
その当時、敗戦国であったため
船に自国の国旗を掲げられず、ひたすら掃海を続けていた
やっと航路が開けるという道のりがありました。
日本にとってこの航路
その後、掃海部隊の優秀さは朝鮮特別掃海艇へと繋がっって行きます。
今回の仕事は駆潜特務艇トレース
下地は写真を線がにしていくトレースでした。
イラストレーターの基本という感じで
無心になって線がを書いていく。
トレースはかなりやりこんでいるので
どのものが来てもお客様を満足できるレベルで
提供できます。